共に在るということ

今日も脳内会議である。
今日のテーマは──「最強の料理とは何か?」。

 

いきなりだが、私は“あれ”が最強だと思っている。

 

まず前提として聞いてほしい。
私は、根っからの“ご飯派”である。
パンでもパスタでもなく、白いご飯こそが正義。
だから「パンには合うけど?」なんてツッコミは受け付けない。
この議論は、あくまで“ご飯好きによる、ご飯好きのための最強を決める会議”である。

 

まぁ、私限定の話ですが(笑)。

 

さて、その上で言いたい。

 

何度も言う、私はご飯が好きだ。
だから、おかずになる料理が好きになる。
唐揚げ、ギョーザ、ハンバーグ。
この並び、どう考えてもおこちゃま舌だな…。

 

けれど、肉じゃがや焼き魚、刺身も煮付けも好きだ。
結局どれも“ご飯が進む”料理。

 

もちろん、大人な私はイタリアン、フレンチ、中華など各国の料理も好きだけど、
私の中では「ご飯に合うかどうか」が、美味しさの基準になっているらしい。

 

だから、最強を一つに決めるなんて無理だと思っていた。
ところが、ある日息子とそんな話をしていた時、ふとひらめいた。

 

「今あげた料理はすべてご飯に合う。
 じゃあ逆に、ご飯がないと成立しない料理ってなんだ?」

 

そう考えた瞬間、すぐに頭に浮かんだ。

 

そう──それは、あの料理である(笑)。

 

想像してみてほしい。
それだけを皿に盛った姿を。
妙に物足りない。汁物でもなく、シチューとも違う。
どこか“相手を探している料理”のように見える。

 

だが、ご飯がそっと寄り添った瞬間、あの黄金比が完成する。
とろりとしたルウが、ご飯に流れこむ。
香りと湯気が一体になり、世界がひとつになる。
We are the worldなのだ──いや、違うか(笑)。

 

つまり、これはご飯の存在を前提として生まれた料理なのだ。

 

ナン?
ナンの方が先じゃないの?
ナン?? 聞こえない。知りません。理解できません(笑)。

 

とにもかくにも、
ご飯があって初めて成り立つ、究極のペアだ。
この依存関係、もう愛と言っていい。

 

そんなことを考えていると、なんだか器と料理の関係にも似ている気がする。
器があってこそ、料理は美しく見える。
けれど、器だけでは完成しない。
互いが寄り添うことで、一つの世界ができるのだ。──強引だな(笑)。

 

──結論。
最強の食事は、やはり“あの料理”。
理由は単純、「ご飯がないと始まらないから」。

 

 

ということで、
今日の夕食は私が作った“あれ”です(笑)。